%e6%8b%9d%e5%95%9315 %e3%82%a2%e3%82%a4%e3%82%ad%e3%83%a3%e3%83%83%e3%83%81 %e3%82%82%e3%81%97%e3%82%99%e3%82%8301

拝啓、15の自分へ vol.2

2018.08.24

文武両道の高校に入ってから、めまぐるしい生活を送っているね。 難しくなった勉強に、インドア系なのに初めて入った運動部。疲れてヘトヘトだったでしょう。

入学式で隣になったイケメンに人生で初めて一目惚れして、その人に人生で初めてカミングアウトしたり、体育会系部活で運動部男子の世界に嫌気がさしたりしたことがきっかけで、自分の性の認識が揺れ動いたりしたね。

いろんなプレッシャーやストレスがあっても対処法を知らなかったから、精神的につらくなって生きる気力もなくなってしまうのはしょうがないよ。お疲れ様。

一目惚れしたあのイケメンは本当に優しかった。最初はいわゆるイケイケ系だと思ってたけれど、内面はすごく落ち着いた真面目な人で、こんなあたしにたくさん話しかけてくれたことを覚えているよ。たまたま図書室で会った時も、街で見かけた時も、真っ先にあたしに声をかけてくれた。時にはハグまでしてくれたこともあった。

お互いに落ち着きのある人間だったから気が合ったのかな。ものすごく嬉しかった。

あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~
彼をみると、いつもそんな感じだったよね。

彼は見た目も内面もとても良い人だったから、本気で好きだって伝えたかったよね。付き合いたかったよね。
男が好きだとカミングアウトしたけれど、本人に好きという気持ちを伝えるのはまた違った。「必要以上に距離が近づいて嫌われたらどうしよう、仲が良い今の関係が崩れたらどうしよう」ってすごく悩んだよね。

それから部活。すべてが新しい世界だった。

厳しい上下関係で、先輩やコーチ、顧問の先生から命令口調で指図され、「男なんだからもっと頑張れよ」と言われたね。

「先輩には敬語を使え!」とコーチから言われてやけに丁寧な言葉を多く使っていたら、「距離感があるからもっと仲良くしたい!」と先輩達から言われて混乱したこともあった。 男女混合の夏合宿や遠征では、「男子は力が強いんだから重い物を積極的に運べ。女子は軽い物を運んで」と言われ、「あたしは全然強くないんだけどなぁ」と感じてモヤモヤしたこともあった。

あたしは昔から男らしくなかった。男子と外遊びよりも女子とおままごと、仮面ライダーよりもセーラームーンとおジャ魔女どれみ。断然そっちの方が楽しかった。おだやかで優しい世界にずっといたわ。

だけど、高校に入学していきなり性別がガッチリした厳しい世界に入ったものだから、「男って何?女って何?自分って何?」「男女関係無く、適材適所で任せればいいのに」と思い始めて、自分自身を見失ってしまったね。それと同じくして、性自認が時と場合によってズレることを認識し始めた。できるだけ学ランの制服を着たくなくて、午後の授業だけ受けに学校行っていた時期もあったね。

恋愛対象と性自認がわからなくなるし、今までいちばん得意だった勉強にも身が入らなくなるし、人生もすべてうまくいかなくなってしまったあたし。あの頃本当は、1人孤独な世界に引きこもって、何も縛りがない自由な世界で生きたかった。でもそんな気力さえも起きず、ひたすら布団にもぐって、「どうすればいいんだ。でもどうすることもできない。ただただ苦しい」という感情が頭の中をずっと巡ってた。頭の中がぐちゃぐちゃだったよね。

でも聞いて。
大学入ってから変わった。

15歳のあたしがすごく勉強したかった心理学を学べてるよ。
セクシュアリティの事も勉強できてるよ。
LGBTQ+の当事者が集まる、大学公認のサークルに入ったことで、自分と同じような人も含めたいろんなセクシュアリティの友達がたくさんできたよ。
サークルで旅行したり、学園祭で催し物やったり、時には真面目にセクシュアリティの議論をしたり。
後は、メイクしてみたり、女性っぽい、中性っぽい服装で街を歩いたりしたよ。
遊びも勉強も仕事もたくさんして、いそがしくて大変だけれど人生楽しんでるよ。

まぁ大人になった今でも、性自認が揺らいで困るときがあるし、未だに恋人やパートナーの様な深い関係の人はできてないけどね(笑)

それでも、ネットで愚痴を吐いたり相談に乗ったり乗ってもらったり、LGBTQ+のリアルな友達も増えて、お酒を飲みながらくだらない話や真面目な話をしたり、旅行先でBBQをしてワイワイしたり、面白い人生を送ってるよ。

真面目すぎてこん詰める当時のあたしよ、その真面目さがあって本当に助かってる。
真面目だったからこそ、心理学やジェンダーについてきちんと勉強した。

心理学では、社会心理学や認知心理学など様々な分野で、自我や自己存在、社会的な関わりの仕方などを学んで自分のあり方を思考した。

また、ジェンダー・セクシュアリティの勉強では、LGBTQ+はもちろんのこと、男女の社会的政治的性差や、生物学的な性の仕組みなど、分野を問わず広く”性”について学んで、自分のセクシュアリティを言葉で規定することで、自分自身の存在をある程度定義できた。

そのおかげで自分に自信がついて、自分のことを言葉で表現できるようになって、LGBTQ+の友達だけじゃなく、昔からの地元の友達とも真面目な性の話ができるようになった。

そして今、こうしてこういう文章を書いて伝える仕事ができてるの。だいぶ回り道してるけれどね。

なんで中高時代の勉強が大事かって、自分のことと周りのことをより深く考えられるようになって、自分が見られる世界を広げて、自分で生き方をより多くから選べるようになるための基礎。「勉強なんて何の役に立つの?」って思うけれど、実は世の中のいろんなところで勉強したことが使われている。その基礎の積み重ねでこの世界はできてるの。それに、学校の勉強とは違うけれど、大人になって働きだしてからも仕事のことや人生のことを新しく勉強するから、それの訓練でもあるわ。

でも、無理は絶対してはだめ。無理な時は全力で逃げて。大人になってからわかったけれど、結局は、やれることしかできないんだから。いや、自分でやれることをやるのよ!

人と比べなくていいの。自分の合うやり方で、自分のペースで。

最後に一言。

それでもわたしは生きている

敬具

FOR YOU

MORE