%e3%83%9f%e3%83%9b%e3%82%b9%e3%82%99%e3%82%b3%e3%83%a9%e3%83%a0

"女らしさ"を愛する私が考える、ファッションとジェンダー

2018.09.07

はじめまして、こんにちは。私は岩本美帆といいます。

今年大学を卒業し、現在は就職活動をしながらアライ(LGBTQ+当事者ではないけれど理解しサポートするよ!と言う立場の人)として、「Palette」で文章を書いている。

突然だけれど、私は"エロ"が好きだ。 そのきっかけは、「バーレスク」というストリップとの出会い。自分の身体をさらけだすというエロティックなその行為は、自身の身体を肯定するということだと思った。そこからずっと、"エロ"は、自分や他者の身体を正面きって愛することだと思っている。

それから私は性というものに関心を持つようになった。ジェンダー・LGBTQ+・男性/女性差別を学びたいという気持ちが高じて、それを実現するためにアメリカの大学へひとっとび、という経歴を持つ。

そんな私がうっとりするもの。 真紅の口紅。繊細なレースのランジェリー。華奢なピンヒール。短いスカート。 私は子どもの頃から、女性のセクシーさを引き立てるものに魅了されている。 好きなものをまとえば"女らしい"自分で背筋を伸ばして歩いていける。

これらのアイテムの特徴は、"女らしさ"というジェンダーと強く結びついていること。 私たちが生活をする社会と同様に、ファッションにも"男らしい" "女らしい"といったジェンダーが、はっきりと存在している。

洋服売り場はメンズ・ウィメンズでフロアが分かれているし、スカートは女性のものだと私たちの多くが認識している。 たとえば、日本社会においてミニスカートを身につけている男性がいたら、私たちの多くはびっくりするし違和感を抱くだろう。それはどうしてなんだろう?固定観念は、私たちが勝手に作りあげているだけなのに。自分の"好き"という気持ちを押し殺してごまかしている方が、きっとおかしいはずなのに。

しかし近年、今まで盲目的に信じてきた固定観念に対して「それってちがうんじゃない?」と声をあげる人が増えてきた。そして、ファッションの世界にもその声は届き、影響を及ぼしている。ゆっくりとだけど確実に、変革が起きているのだ。

最近テレビや雑誌で「ジェンダーレス男子」「ジェンダーレス女子」という言葉を頻繁に目にするようになった。それらの言葉をインターネットで検索すると、男性なのか女性なのかがはっきりとわからない人たちの画像がずらりと並ぶ。そして、日本においてその代表とされるのがとまんさんや中山咲月さんだ。

そもそも、「ジェンダーレス男子」「ジェンダーレス女子」の定義とはなんだろう?

VOGUEのファッション用語検索で「ジェンダーレス」を調べてみると、"男女の境界がないファッション"で、その特徴を"女性が男性的な(男性が女性的な)ファッションを身にまとうが、それが中性的な印象を与えるファッションになること"としている。

たしかに、とまんさんはいわゆる"女らしい"ことだとされている、お化粧・ネイル・まつげエクステをしているし、中山咲月さんは一見すると息をのむほどに美しい男性のよう。

ファッションアイテムのジェンダーを前提に中性的なスタイルを楽しむ「ジェンダーレス男子」「ジェンダーレス女子」といえるだろう。

それに対して、そもそもアイテムとジェンダーを紐付けず自由にファッションを楽しもう!という考えも出てきている。一例として挙げられるのは、ニューヨークのセレクトショップThe Phluid Project の取り組みだ。彼らは"Challenging Boundaries WITH HUMANITY(人間愛で境界に挑戦する)"ときっぱりと宣言する。

この宣言から分かるように、彼らはファッションを通して性差を含むすべての境界を越えようとしている。 セレクトされているアイテムには一切のジェンダーが存在しない。性別・性自認に関わらずすべての人が身につけられるものだけが選ばれている。

ジェンダーレス男子・ジェンダーレス女子の登場があらわしているように、ファッションとジェンダーに対する考え方は多様になりつつある。男・女という二項対立を解いて、絶えず変化する曖昧な"自分"を自由に選び取って表現できる時代がやってきているのだ。

ファッションにおいて、"自分らしさ"を表現するための選択肢は増えてきている。

それでも、ファッションを通して"自分らしさ"を表現していると、ほかの人たちから"らしさ"を強要されたり、ジャッジされたりすることもあるのが現実。 たとえば、中性的なファッションをしていると、その人の実際のセクシュアリティとは関係なく「ゲイっぽい」「レズっぽい」とほかの人たちからジャッジされて"らしさ"を強要されてしまう。 実際に、ジェンダーレス男子・ジェンダーレス女子の有名人のセクシュアリティについて、多くの人が好奇の眼差しを過剰に向けている。

また、"女らしい"ファッションが大好きな私自身も、しばしばほかの人たちから"女らしさ"を強要されることがある。 また、セクシュアルなことを他者から言われたり、されたりしたこともある。その相手は、男性だけに限らない。 「勘違いをされるような服装を好む自分にも非がある」と思って、笑って受け流してみるものの、嫌悪感と悲しさが心に残る。「男性を誘惑するために、"女らしさ"を強調するようなファッションをしている」と思われてしまうことが、悲しい。

それでも私は"女らしい"を自分で選び取る。これからも。 理由はシンプルで、女性のセクシーさを引き出すモノをまとっているときに心地良さを感じるからだ。いつもより自分に自信が持てて、目の前に広がる風景が美しく見える。 自分の好きなことをきちんと肯定し、表明できることは、こんなにも気持ちがいい。

だから私は、ほかの人からのジャッジに屈することなく、自分の選び取った"自分らしさ"を大切にしたい。 そして同時に、まわりの人たちの選び取って表現している"自分らしさ"を尊重したい、とも思っている。私が自分らしさをファッションで表明したことでほかの人にジャッジされ傷ついたように、私だって無意識のうちに加害者になっているかもしれないということを、忘れないでいたい。

私たちは自分の好きな"自分"にもっとなれる。その方法のひとつが、ファッションだと思う。ほかの誰でもなく、自分の好きなものに自分自身に眼差しを向けていこう。自分が心地良いと感じるものを身にまとって、もっと"自分らしい"自分を愛していこう。

FOR YOU

MORE