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『母さんがどんなに僕を嫌いでも』公開直前インタビュー|原作者 歌川たいじ

2018.10.18

案内された会議室の扉からひとりの男性が顔をのぞかせる。手招きをしながら私たちを見つめるその人が、漫画家・小説家の歌川たいじさんである。

歌川さんの体験を元にしたコミックエッセイ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』が、今秋ついに映画化を果たす。同作は、情緒不安定な母の光子(吉田羊)と、そんな母のことが大好きなタイジ(太賀)の物語。幼いころから母につらくあたられながらも、20年以上母の愛を諦めなかった息子の姿が描かれる感動の映画だ。

会議室に入るなり、「なんだかこっちが緊張しちゃう!」と冗談を言い私たちの緊張を解いてくれた歌川さん。優しくあたたかな雰囲気の溢れる彼に、作品に込められた想いをうかがってきた。

(インタビュアー : 今井)

今井 : 虐待という一見苦しいご自身の過去を作品にしようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?

歌川 : そもそも僕がこの話を書いたのは、「僕はあんなひどいお母さんを許しました!どやねん!」ということを伝えたかったからではないんですよね。

今井 : たしかに、終始希望の見え隠れする作品のように感じましたね。意図的に明るいトーンで描いたのですか?

歌川 : 僕がこの作品に取り組み始めたとき、"毒親本"を出している人がたくさんいました。当時は親がどれだけひどい人かを描くのに終始する毒親本が一種のブームのようなものになっていて、最初にいただいたお話も、そういうものを書きませんかというものだったんです。

毒親本を出しているのは30代前半の方が多くて、きっと痛みの最中にいる人たちだったんですよね。当時、僕は46歳。今の連れ合いと一緒になってから15年くらいが経っていて、収支が黒字になっていたんですよ。

今井 : 「収支が黒字」…?

歌川 : そう、人生の収支のことね。幼いころから自己イメージを叩き潰されてしまって、辛い経験もたくさんしてきました。でも、僕には大切な友だちができて、彼らから背中を押されるたびに変わっていくことができて、自分の中での人生の収支は黒字になっている。

そんな僕が"ひどい親"のことを書けば、痛みの中にいる人たちとは違った作品が描けるのではないかなと思ったんです。僕は僕なりに、たくさんのハードルを越えてきましたから。

今井 : なるほど。でも正直今の日本ではハードルを越えられない人もたくさんいると思うんですよね…。苦しんでいることを言いたくても言えない人がたくさんいるような気がしています。歌川さんはどのようにハードルを越えて来たんですか?

歌川 : 諦めなかったから越えられた、と思っています。いちばん大切なのは諦めないこと。希望を持ち続けること。幸せは諦めなかった人のところにやってくるから。諦めさえしなければトライ&エラーのひとつになる。でも諦めちゃったらそこでおしまいじゃないですか?

今井 : たしかに…。でも、最近は諦めずに頑張り過ぎてしまったからこそ、逃げ場がなくなって追い込まれてしまうというパターンもあるのでは?

歌川 : あのね、諦めないってことは"固執する"、"頑張り続ける"とは違うんです。僕だって母とのことを何度も放り出してきましたから。

今井 : そうなんですか?てっきり、頑張り続けてきたのかと…。

歌川 : 違う違う(笑)。何度も放り出して、何度も逃げてきました。だって、母には会いたくなかったから。一生会わなくてもいいと思っていたくらい。

今井 : それでも最後は諦めなかったということですよね。

歌川 : そうですね。高校生から20代のなかばまでは、会わなくてもいいと思っていました。でも会社に入るときに連帯保証人が必要になったりとか、これから先、人生のいろんなタイミングで母との関係についてつまずきが出てくるのだ、と感じたんです。それに、子どもの時に形成されるべき土台みたいなものが自分にはない、だから人生がこんなに不安定なんだ、できれば土台から作り直したいという思いがあった。それで、20代の終わりに「この問題に正面衝突してやる!」と(笑)。

今井 : 意外と、現実的な理由で正面衝突の決意をしたんですね…。

歌川 : 心の底には「いつかお母さんと会いたい」って気持ちがあったんだと思う。途中で何回もどうでもよくなって逃げてきたけれど、それでもどこかに引っ掛かりがあって。だからこそ戻って再挑戦することができたし、それこそが「諦めない」ということなんだと思っています。逃げた自分を許さない="諦めない"、では決してないんです。

今井 : 歌川さんはゲイであることを公表されていて、原作でもそのことに触れていますが、映画の中ではそれが描かれていませんよね?

歌川 : 僕の方からそうしたいって言いました。原作を書いたときは自分のすべてをさらけ出すつもりだったので、ゲイだから味わった苦労も描いたんですけど、そこをメインモチーフにしたかったわけではありません。ゲイであることも隠さないけど、ゲイだからといってセクシュアリティを作品のど真ん中に据えなければならないわけではないという表現にしたかった。それが僕にとってはリブ活動(ゲイリブ:ゲイ解放運動)のひとつだったの。

今井 : リブ活動?

歌川 : 「僕はこーんなこと乗り越えなきゃならなかったんですよ、それに比べたらゲイであることなんてどうってことないでしょ!?普通でしょ!?」って対比させたいくらいの気持ちだったの。でも、実際に本が出てみると、世の中への伝わり方は全然違ったんですよね。

今井 : どうしても、ゲイというところに注目されてしまいそうですよね。

歌川 : そうなんです。いろんなメディアに取材していただいたんですが、「この本の作者はゲイです!」「ゲイの漫画家歌川たいじ」「ゲイの親子の物語」などと、ゲイの部分をフィーチャーして取り上げられてしまうことがあまりにも多かった…。 主人公がたまたまゲイなだけで、おもに伝えたいことはセクシュアリティに関係ないことなのに、"LGBT映画"として取りあげられてしまうことって、よくあるんですよね。僕はこの映画が"LGBT映画"って言われるのは嫌でした。一番伝えたいのは、そこじゃないから。だから、セクシュアリティについては特に描かない映画になってほしかったんですよね。

今井 : なるほど…。

歌川 : でも、主人公が"ノンケ"(ヘテロセクシュアル:異性愛者)にはすり替わっていなかったでしょう?むしろ、タイジが友人の大将と触れ合って「あっ」ていう顔をしていたりね。タイジ役の太賀くんも大将役の白石くんも、製作スタッフもすごく意識して映画を作ってくださいました。

今井 : たしかに、映画を思い返すとタイジが女の子にドキッとする瞬間は描かれていなかったですね!映画のテーマとしては扱われてはいないけれど、役作りの中では表現されていたということなんですね。すごい…。

歌川 : そう。太賀くんは、「こんなゲイいねえよ、ってなってませんか?」って、何度も確認してくれましたね。

今井 : この映画をいちばん見てほしい人は誰ですか?

歌川 : 虐待を受けて心を痛めた人。そして…痛めていない人にも見てほしいかな。それだと、全人類ってことになってしまうんだけど(笑)。

今井 : 心を痛めていない人には、この映画を通して何を伝えたいですか?

歌川 : 「心を痛めて苦しんでいる人が、誰かの言葉でこんな風に立ち直っていくんですよ」っていうことを伝えたいですね。あなたが寄り添うことで救われる人がいるかもしれないと。

今井 : 歌川さんを救ってくれたのは、作品に登場するばあちゃんや友人ということですよね。

歌川 : そうです。そして人によっていろんな寄り添い方があるということも伝えたい。友人の大将はね、けっこう強引に寄り添ってくるんですよ。こっちが「そんなにグイグイ?」って感じるくらいに(笑)。でもそうやって強引に寄り添ってもらえなかったら僕はずっと心を開くことができなかっただろうから、本当に有り難かったです。

今井 : 心を開くのには、勇気が必要だったのでは?

歌川 : 受け止めてくれるっていう信頼感が築かれていたから、できたんでしょうね。友人の大将とかなちゃんに、本当に救われてきましたから。「うたちゃんもおいでよ!」と楽しいことに呼んでくれたり、美味しいものを食べた時に「うめえな!」って笑ってくれたり。小さなことの積み重ねが、僕にとってどれほど救いになったか。

そんな関係性だったから、僕は彼らのいいところしか見てこなかった。でも、それでよかったんだと思います。人間だから合わないところももちろんあるんだけど、僕は大将たちを手放さないという強い気持ちがあった。だからこそ、いい関係が築けたのかもしれません。

インタビューの終わり、歌川さんは「大将がスポーツのできる男前だったから、心をひらけたのかもしれないけどね!」と笑った。

虐待、両親の離婚、家出、そしてセクシュアリティに関わること…。「母さんがどんなに僕を嫌いでも」で描かれる彼の半生は一見ハードルだらけの苦しいものだ。そんな人生に真摯に向き合い、母とぶつかることを選んだ歌川たいじさん。彼の口から紡がれる優しい言葉は、数々のハードルを諦めずに乗り越えてきた過去があるからこそ生まれるものなのだろう。

映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』は、2018年11月16日(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、イオンシネマなど全国で公開される。感動に胸を打たれるその日を、心待ちにしていてほしい。

(撮影:常盤 治

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