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生理をテーマにした短編小説『さよなら宿命』 佐々木ののか

2018.10.15

ドンッという音がして振り返ったら、クラスメイトの美月ちゃんが思い切り壁を蹴っていた。鬼のような形相で、お腹の底の底から出したような、うおおおおおおおという雄叫びをあげながら。普段の美月ちゃんとは全然違う。美月ちゃんの声が空気を振るわせて波紋になったかのように、あたしたちは美月ちゃんを段々になって取り囲んだ。

「先生! 美月ちゃんに悪魔が取りつきました!」

その声を聞くが早いか、先生がすっ飛んできた。波紋になったあたしたちはサッと道を開け、先生は美月ちゃんに覆いかぶさる。

「美月さん、我慢するの! みんな、悪魔に憑かれても我慢してるんだから! 女の子はみんなそういう運命なの! 私だって我慢してきたのよ、あなたも我慢しなさい!」

先生が美月ちゃんの背中に回って、羽交い絞めにして、学級委員長の赤田さんに目で合図する。赤田さんは手足をじたばたさせて叫びまくる美月ちゃんの口の中に手首までつっこんで薬を飲み込ませた。最近出たばかりの悪魔祓いの特効薬。悪魔が発現した後にしか効かないけれど、効果は絶大だって聞いてる。ここまでしたらもう、あとは祈るしかない。

あたしたちは美月ちゃんのために祈った。目を瞑って、手を合わせて、美月ちゃんのために祈った。美月ちゃんは暴れ続けていたけれど、しばらくするとうなだれたように身体の力を抜いて、だんだんといつもの表情を取り戻して、泣き出した。

「迷惑かけちゃってごめんなさい。何だか、ものすごく、不安な気持ちになってしまって」
「いいのよ。でも私たちは50歳くらいまではずうっと悪魔に憑かれ続ける運命なの。だからどんなに苦しくても我慢するのよ。苦しいのはみんな一緒なんだから」

そう言って先生は美月ちゃんの肩をポンと叩いた。クラスメイトも一人ずつ「気にすることないよ」、「あと35年、一緒に頑張ろうね」と口々に声をかけていく。あたしは、この村の、この学校の、こういうところが大嫌い。

先生は、あたしたち女の子が悪魔に取り憑かれるのは、宿命だって言う。だけど、何も悪いことをしていないのに女の子に生まれただけで背負わなきゃいけないデフォルトがついてくることにも納得できないし、それは仕方ないとしても、どうして悪魔のペースに合わせなきゃいけないんだろう。

あたしは今15歳、悪魔が来なくなるのはだいたい50歳、だからあと35年。20歳になってもあと30年、30歳になってもあと20年。毎月毎月気まぐれでやってくる悪魔に振り回されてイライラしたりお腹が痛くなったりするって考えただけで憂鬱なのに、どうしてみんなは「みんなそうだから」で我慢できるの?

チャイムが鳴った。先生は別のクラスへの授業をしにいく。

「悪魔は伝播します。今日は美月ちゃんが悪魔に憑かれたので、この教室にいた子は今夜悪魔が来る可能性があります。気を付けてくださいね」

悪魔に憑かれた人のそばにいた女の子たちは、予定よりも早く悪魔が来てしまうという迷信みたいな話がある。今日悪魔が来ても嫌だし、来なくても近々来てしまうのだと思うと嫌だなと思った。毎度のことだけど、来るときはちゃんと事前に教えてほしい。

窓からは、サッカーをしていた男の子クラスの生徒たちが学校に向かって走ってくるのが見えた。彼らは今まで、そしてこれからも、ただの一度も悪魔に襲われたことがないのだ。心なしか、校庭の男の子たちもサッカーゴールもいつもよりも遠くて小さく見えた。



その日が夜になって、あたしはうなされていた。鉛のようにズンと重い、鼻を思い切り叩いたときの鈍い痛みがおへその下をじりじりと回り始める。予定よりも早く悪魔がやってきた。今日の美月ちゃんの悪魔が乗り移ったのかもしれない。

昼間、美月ちゃんにあたしたちがしたことを思い出してみる。バファリンを飲ませて、目を瞑って、手を合わせて祈って、「大丈夫だよ、みんなそうだから」と声をかけた。今がもしも教室にみんないる状態で、そうやって祈ったり声をかけてくれたりしても、わたしの痛みは楽にはならないし、結局こうやって、ずうっとひとりで自分の痛みに向き合っていかなきゃいけないんだなと思うと心細かった。

しかも悪魔に憑かれたときの症状も、程度も、おそらくは人によって全然違って、それなのに「女の子」というだけで何となく同じに括られる。

痛みが波のように押し寄せたり引いたりする。
美月ちゃんはどんな風に痛かったんだろう。

そう思っているうちにお腹の内壁を悪魔が思い切りノックしてくる。うずくまるような恰好になって、あたしはちょうどお母さんのお腹の中にいる赤ちゃんみたいな恰好になった。お母さんの中にいるときから、あたしのお腹の中には子宮があって、その中には約200万回分の悪魔が住んでいて、生まれる前からこの痛みは決まっていたんだなと思うと、今度は胸の真ん中にげんこつ大の痛みが出てきてぐうううっとした。

痛い痛いと呻いていると、お母さんが部屋に入ってきた。お母さんは「可哀想に」と言いながら「代わってあげられたらいいんだけど」と言いながらお腹を撫でてくれた。気持ちはとてもうれしかったし、ホッとはしたけれど、痛みを代わってもらえたり分け合えたりはできないんだなと思った。人はみんな死ぬときはひとりだけど、月に1回の痛みも結局はひとりで耐えなければいけないんだなと思うと、お母さんとあたしの間に透明な壁ができた気がした。
その晩はもう、全然、眠れなかった。



次の日、学校に行くと、悪魔の話で持ち切りだった。クラスのほとんどの女の子のもとに悪魔が来ていたみたいで、みんな口々に「怖かったよね~」と言っていた。同じ場面で同じ思いをしていたときのような口ぶりだった。個室にはひとりで入るくせに、トイレまで一緒に行って相手が用を足すのを待っているのを友達と呼んでいるような、そういう仲良し感覚のこと、あたしは本当によくわからない。

クラスの女の子たちが何人かずつ固まって話しているとき、ルナちゃんだけひとりでぽつんとしていた。ルナちゃんは、ちょっと変わりものみたいに思われているようなところがあって(あたしも人のことを言えないけれど)クラスで浮いていた。

「ルナちゃんは悪魔、来なかったの?」
「わたしはね、毎月決まったときに悪魔を呼んでいるから」
「え」

あたしはびっくりした。悪魔を決まった日に召喚する薬の話は知っていた。でも、それは禁忌とされている黒魔術で、素行の悪い子だけが飲むものだし、ましてや太ったり吐き気がしたりする人もいるって聞いてる。

「あんなもの飲んでるの? 悪魔を召喚する薬だよ? 太ったり吐き気がしたりしないの?」

びっくりしてキツい言い方をしてしまったのかもしれない。
普段はおとなしいルナちゃんが、声を尖らせる。

「しないよ。それはちょっと前まで言われていた副作用だよ。それに、あんなもの、って言うけど、ツキコちゃんは悪魔のことちゃんと知ってる?」

「悪魔が来る日に自分の心を整えておけば、悪魔はそんなに悪さをしないよ。むしろ、来た後はちょっとほっとするくらいだし。私、悪魔と毎月お茶も一緒にしてるんだよ」

「いい加減にしなさい!」

知らぬ間に声が大きくなっていたのか、先生がすっとんできた。

「黒魔術なんて許さないわよ。私だってずうっと我慢してきたんだから。女の子はそういう宿命なの」

そう言って先生は、ルナちゃんの首根っこを掴んで引きずっていく。小柄なルナちゃんはじたばたと抵抗してもそのまま引きずられていく。

「じゃあ先生は、50歳までの残り20年を、毎月いつ悪魔が来るかわからない状態で怯えながら生きていくんですか! 20年経たないと本当の自由は来ないのに!? 変えていける方法はあるのに!?」

先生は今までにない剣幕で、ルナちゃんを怒鳴りつける。
ルナちゃんは叫び続ける。
ルナちゃんと先生を起点に、あたしたちは波の模様のようになる。

先生はルナちゃんをどこかに連れていく。

「女の子はそういう宿命なの」
「毎月いつ悪魔が来るかわからない状態で怯えながら生きていくんですか!」

空間が緊張する。
クラスメイトたちはざわつく。
先生の声と、ルナちゃんの声が、耳の奥でずうっと響く。

生理は28日周期でやってくると言われていますが、数日単位の前後はザラだし、ひどいときだと1カ月くらい遅れたり、そうかと思えば血がダラダラと止まらなくなったりする。来る前にはPMSでイライラしたり不安になったり、頭やお腹や腰が痛くなったりして最悪。私たちはまるでホルモンの奴隷です。

妊娠したくてもできない人がいる一方で、妊娠を望まない人にとっては生理が遅れることは憂鬱そのもの。いつ来るかわからずに怯えながら待って、来なかったら自分の1カ月を振り返り始める。コンドームをしていても「破けていたんじゃないか」と思うし、はたまた子宮系の病気なんじゃないかとか、不安ばかりが募る。そういう意味では生理は悪魔だし、だけど生理が来ることで安心するという意味では天使的な側面もある。付き合い方次第では悪魔も天使になるのでは、と思い、そんなことが言いたくて書きました。

多くの人は生理のことを“どうしようもない自然現象”のように思っているかもしれないし、だから、あの痛みや心が不安定になることをどうにかしようと考えない。血が流れるからナプキンやタンポンはしても、それ以上のことをしない。「みんなつらいから」とか「そういうもの」とかで受け入れていってしまっているものが多い気がする。しなくていい我慢は当たり前のようだけどしなくていい。

20歳の人ならあと30年、30歳の人ならあと20年ちかく“悪魔”と付き合っていかなければいけないことが決まっているなら、だったら、良い関係を築ける方法を模索していった方が建設的なんじゃないかな。

自分から迎えに行って連れてくるくらいの気持ちで、あと20年分くらいの生理と向き合っていきたいなと思っています。

(撮影常盤治

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