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【コラム】大切なあの人にカミングアウト!母、息子に彼氏を紹介される

2018.10.03

ゴールデンウィーク最終日の小田急線は少し混雑していた。母は離れて一つずつ空席があるのを見つけると、僕に近くの席へ座るよう指示して、遠くの空席へと足早に歩いていく。

本当は昨日までの帰省のことや、今日のことについて話したかったのだけど。そう思いながら、座って彼氏にメッセージを送る。

「なんか緊張してきた…」
すぐに既読になる。
「えー(笑)っていうか、もう着きそう。早く来すぎてしまった!」
今日はこれから、母親に彼氏を紹介するのだ。

(コラム:小沼 理)

改札の向こうに、白いシャツを着た彼が立っていた。こちらに気づくと、緊張した表情が崩れる。その目線は僕ではなく、横にいる母へと向けられている。

「はじめまして!」
どちらともなく、二人が挨拶を交わす。その声だけで、お互いが今日をどれだけ心待ちにしてくれていたかがわかって、いきなり泣きそうになってしまった。予約したレストランへは単純な一本道だったけれど、スマホで道順を調べるふりをして、濡れた目を隠す。

10代の頃はこんな日が来るとは思ってもみなかった。親にカミングアウトする勇気がなくて、ゲイとしての自分と息子としての自分を切り離して生きるしかないと思っていた。

でも、もしも今も変わらずそうしていたら、今日という日は来なかった。大好きな人と大好きな人が、笑顔で、途切れることなく言葉を交わしている。そんな光景を見て、胸が熱くなることもなかったのだ。

食事をしながらの会話は終始和やかに進んだ。同棲生活のこと、子どもの頃の話、母が知らない僕の話、彼が知らない僕の話。自分のことを話されるのはくすぐったかったけど、それが心地よくもあった。お酒を飲んでいたせいもあるかもしれない。

会計は母が支払ってくれた。家を出る時に「今回は親の顔を立てさせてよ」と言われていたのだ。これまで他の姉妹の恋人と会う時も同じように支払ってきたから、という。

「今度は僕たちがごちそうします」

二人でそう伝えると、母は笑顔で頷いた。

「天気予報は毎日見ていたけど、沖縄でも場所によってけっこう違うじゃない。でも晴れてたみたいだね。やっぱり肌が少し焼けてる」

喫茶店の奥の席で沖縄旅行のおみやげを渡すと、母がそう言う。

「風が強かったけどだいたい晴れてたよ。あ、沖縄そばは賞味期限があんまり長くないから早めに食べてね」

今日母に会ったのは、おみやげを渡すためではない。息子の彼氏と会ってどう思ったか、息子がゲイだと知った時にどう思ったか。そんな話を聞くためだった。これまでライターとして色々な取材をしてきたけれど、母親に、自分のことを聞くのははじめてだ。

僕の彼氏と会う時って、どんな気持ちだった?聞くと同時に、コーヒーが運ばれてくる。ひとくち飲んでから、母が話しはじめる。

「うーん、息子がもう一人増えてうれしい!って感じかしら。緊張は特になかった。最近のあなたを見ていたら幸せに暮らしていることは伝わってきたし、そんな風に生活できる人が悪い人のはずがないな、と思って」

たしかに、僕は帰省すると彼氏の人柄や、休みの日はどんな風に過ごすのかを、母によく話していた。相手のことを知っていればいるほど緊張は少なくなるだろう。特に意識していたわけではないけど、それが功を奏したらしい。次に、実際に会ってみてどう思ったかを聞いてみる。

「誠実な人だと思った。彼、食事がはじまってまだ時間が経たないうちに『自分たちは孫を見せてあげることはできないけど、それでもいいですか』って言ってくれたんだよね。

男同士で子どもをもうけるには養子とか代理出産とか、少しハードルが高くなるじゃない。だからわかってはいたけど、そのことを曖昧にせずはっきり話してくれた。それを聞いて、この人は周りの幸せもきちんと考えられる人なんだと思ったよ」

母は子どもを作らないということが気がかりだったようで、その後もたびたび話題に挙がった。僕がゲイだと知ったときも、最初に戸惑ったのはそのことだったという。

「子どもがいない男女の夫婦もたくさんいるのを知っているから、今はまったく気にしてない。でも、あなたの孫の顔を見られないのは寂しいと思ったかな。それに、老後はどうするんだろうと思った。もちろん、子どもは親の老後を世話するためにいるわけではないんだけど…。あなたがその年齢になるときは、社会も変わっているといいよね」

「私みたいにLGBTQ+の人を応援する人のこと、アライって言うんだっけ?」

話の途中、「アライ」という言葉が母の口から出てきて驚く。母はインターネットもほとんど使えない人なのだ。聞いてみると、僕がそうかもしれないと気づいたときから、新聞やテレビを情報源に勉強したのだという。

だから、母も最初から理解があったわけではなかった。「もしあなたからいきなりカミングアウトをされていたら、違った反応をしたかもしれない」とも話してくれた。

僕は面と向かって母にカミングアウトをしたわけではない。まだ10代の頃、姉が僕がゲイかもしれないと気づいて、母に伝えたのだ。当時はまだ、アウティングという言葉もない頃だった。今だと姉の行動はイエローカードなのかもしれない。だけどそのおかげで、母は勉強するための時間と機会を得た。

そうしてある日、僕に「あなたがゲイだということを、私は実は知ってる。でも、それで何かが壊れてしまうことはないし、受け止めるよ」と伝えてくれたのだった。

母から歩み寄ってくれなければ、とにかく石橋を叩いて渡る性格の僕が伝えられていたかはわからない。いつかは言わなくちゃと思いながらずるずると引き延ばして、沖縄旅行のおみやげも「友達と行った」なんて嘘をついて渡していたかもしれない。

「持って生まれたものを否定されたら、生きていくことがつらくなる。ありのままでいいという気持ちを、どれだけ多くの人が持てるかじゃないかしら」

母は続ける。

「最近、NHKで『弟の夫』というドラマをやっていたよね。主人公は最初は自分の弟がゲイだったこと、突然やってきたその夫のことを受け入れられなかったけど、一緒に過ごすうちに理解していく。すぐには難しくても、変わっていくこともあると思う。

知った時、産んだことや、育て方を間違えたって自分を責めてしまう親もいるかもしれない。だけど、それは親のせいではない。子どものせいでもない。不幸なことでは決してない。それがこの人にとって一番幸せなんだとわかれば、少しずつ歩み寄っていけるはず。

LGBTQ+の当事者は、まずは自分で自分を認めてあげることが大切なんじゃないかしら。勇気がいることだし、苦しい時もあるかもしれない。でも、私はその選択を祝福するよ」

話を聞き終え、2杯目のコーヒーを飲みながら他愛のない会話をする。その中でも、彼氏の話をたくさんした。本当は今日も来たがっていたけど、都合がつかなかったのだ。

だけどそこにいなくても、その人のことを話せるなら、それはいないことにはならない。家に帰ったら今度は、僕は彼に母のことを話すだろう。母のことも、彼のことも、"いないこと"にしなくていい今を、とても幸せに思う。

本当のあなたを、あなたの大切な人を、いないことにしなくていい社会。それを作っていくには、元気な人や幸せな人が率先して「ここにいるよ」と声を上げることにも意味があると思う。

今の日本はまだ、誰もが気軽に自分の性的指向を口にできる状況ではない。だから、みんなカミングアウトすればいいとは、簡単には言えない。

特に親と同居していたり、経済的に自立していない場合は、最悪のケースも考えて慎重になる必要がある。そういう状況にいる人ほど、辛いと思うのだけど。

カミングアウトしたい大切な人がいるなら、LGBTQ+の話題を振ってみたり、この記事やPaletteの他の記事を読ませたりして、様子をみてもいいと思う。僕の母のように、そこから学んで受け入れられるようになるかもしれない。明らかに微妙な反応だったら一旦待ったほうがいいけど、人の考えは変わるし、社会もどんどん変わっていく。

きっと社会はこれからもっと良くなっていく。僕だって、本当にこんな未来を想像できなかった。だからどんなに辛い時も、幸せな話を、自分には関係ないと遠ざけてしまわないでほしいと思う。希望を見失わなければ、明るいほうへ歩いていけるはずだから。

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